2025.09.02 美松の裏話
竜が美松を翔るまで - 竜王戦誘致の裏側 -
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2年連続開催など、初づくしのあわら竜王戦
昨年10月将棋界最高峰のタイトル戦である「第37期竜王戦七番勝負」の第2局がここあわら温泉美松で開催されました。

そしてまた今年の10月にも再び「第38期竜王戦七番勝負」の第2局が美松にて開催されます。竜王戦は七番勝負ですので最短4局(4連勝)で終了します。
つまり第5局以降の開催地は対局が行われない可能性があるわけですが、逆に言うと4局以前であれば必ず開催されるわけで。
地方の同一会場が2年連続で4局目以内に開催されるのは極めて異例であるそうです。
他にも異例というか初めてというか、そもそも第37期の竜王戦あわら対局には色々初物がございまして、まず福井県で竜王戦が行われるのは初。
過去には別のタイトル戦があわら温泉にあった開花亭さん(閉業)で開催されたことがあるものの、竜王戦は未開催でした。
県域での誘致は初。これまでの竜王戦では自治体や法人団体が誘致活動を行うのが通例で、県全体での誘致は初だそう。
更に竜王戦のために対局場を作ったのも初らしい。
普通は既存の場所を使うか、新施設のこけら落としとして誘致するものが多く、作る目的が竜王戦のためというのはなかったそうです。
他にも公共施設でのパブリックビューイングやセ・リーグ巨人戦開催時、球場でのプロモーションは初。勝負めしコンテンツをウェブ展開したのも初。
ふるさと納税型ツアー企画を読売旅行が造成したのも初などなど。
これも偏に支えてくれるスタッフのみんなと日頃ご愛顧頂いている皆様、竜王戦あわら対局に関わってくれた全ての人のおかげでございます。
改めて御礼申し上げます。
さて、前置きが長くなりましたが、「なぜ美松に竜王戦が来たのか」、当時を振り返りながらお話したいと思います。
コロナ禍で変わる観光業とABEMA TVとの出会い
あれは今から5年前の2020年2月頃でしたでしょうか。
コロナウイルス感染症が猛威を振るいだし、巷では不要不急の外出自粛と叫ばれるようになりました。
私は前職、旅館とは全く関係ない鉄道関係の仕事をしておりましたが、鉄道は外出自粛のあおりをもろに食らいますから、働いていなくても観光業が大変なことは察しがついていました。
ある意味鉄道も観光業ですしね。
家族と相談の上、同年3月末で鉄道の仕事を辞め、4月からあわら温泉美松に就職をします。
するとすぐに緊急事態宣言で旅館は休業。一気にやることが無くなりました。
とは言え私の使命はこの旅館を再建させること、スタッフをだれ一人路頭に迷わせないことですから、コロナウイルスという見えない敵を顧みず色々と情報を集めたり、営業活動を行ったりと精力的に動いておりました。
しかしながら全くコロナウイルスの猛威が収まる気配がなく、「あれ?思ってたのと違うな」という焦りが芽生え始めます。と同時に「こりゃ世の中変わるぞ」「旅館も変わらなければ」と当時30歳の青年は思ったわけです。
(※興味はないかもしれませんが旅館をどう変えたかはまた別の機会にお話しますね。)
じゃあ旅館をどう変えるのかという岐路に立った時、今の私であれば美松が持つレガシーとは何ぞや、美松がこの地域に根差す価値は何ぞやとこれからの旅館経営の幹となる部分を一から考え直すと思いますが、当時の自分にはそんな頭はなく、すぐに思いついたのは鉄道関係の仕事をしていた時に上司が言っていたTTP(徹底的にパクる)でした。
わからないなら盗めばいいと思い色々と調べ始めるのですが、他旅館の二番煎じになるのは嫌だし、そもそも世の中が変わるのであれば今ある旅館やホテルの勉強をしてもダメかもしれないと思い、他業種からヒントを得ることにしました。他業種と言っても分野が広すぎるので私が尊敬できそうな企業や個人、成功者と言われる人たちから学ぼうとスマホをスラスラ見ているときに出てきたのがサイバーエージェントの社長である藤田晋さんでした。
そんな藤田さんは福井県出身ということもあり、なんだか親近感が沸いた私は藤田さんについてあれこれ調べ始めます。
そこで行き着いたのがABEMA TVでした。
これは私の独自解釈なのですが、ABEMA TVは視聴率10%の番組を作るのではなく、ABEMAにしかないコアなコンテンツをたくさん作って、絶対に特定の視聴者が離れない視聴率1%の番組を同時に10個流せば視聴率10%と同じでしょうという事なのだと思いました。
これは旅館経営に使えるぞと。日本人の1%でも100万人。美松はキャパシティーの限界上年間5万人ほどしか宿泊頂けません。
つまり老若男女、万民が誰しも楽しめる旅館なんて作る必要がなく、たった1%が愛してやまない旅館ができれば20年は満員御礼。
1人1回リピートしてくれれば40年は満員御礼です。「これだ!」と思ってからは何か他のヒントはないものかと暇さえあればABEMAを見ていました。
美松で対局を!誘致は無謀?
ボーっとABEMAを眺めていたある日、将棋チャンネルで名人戦の再放送が流れていました。
対局場はお隣石川県のあわづ温泉辻のや花の庄さん。
対局には当時の羽生竜王が挑戦者として座っておりました。
率直に「え?旅館でできるのこれ?」と思いました。先筆の通り当時はコロナ渦でしたから、何か大きなことをやりたくても自粛自粛でげんなりしていたところで、「将棋のタイトル戦であれば美松の中で完結できるし誰にも迷惑かからないじゃん」ということで早速将棋について調べ始めます。
色々と調べてみると結構旅館や料亭で開催されていることが分かりちょっと興奮。
すぐに日本将棋連盟様へ連絡したかったのですが未知の世界ですし敷居が高い気がして、用意周到に準備してから連絡しようと引き続き調べてみるとタイトル戦によっては対局地を公募していることもわかりました。
この時点で、名人戦を美松でやる気満々、できないとは微塵も思っていませんから満を持して2021年1月頃でしたでしょうか、日本将棋連盟様にメールを送ります。
するとすぐにたいそう丁寧な返信を頂きました。
要約すると以下の通り、
①名人戦の公募は時期が違う、
②対局地の選定はタイトル戦毎に主催者(スポンサー)の意向も加味している
という事でした。
早速出鼻を挫かれます。ですがこうも教えてもらいました。
日本将棋連盟さん竜王戦の公募がまもなく始まりますよ
ここで初めて私と竜王戦が繋がりました。
早速私は公募資料を入手し竜王戦の事務局である読売新聞東京本社様に連絡を入れます。
返事はすぐにありました。
読売新聞さん美松さんでは難しいかもね
ガビーンですよ。嘘だろと。色んな旅館でやってるじゃんと。
なぜだよと31歳になった青年の心は完全に折れてしまいました。
ですが捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、私の公募用紙がある1人の目に留まります。読売新聞東京本社棋戦等事務局の次長Tさんです。
Tさんは奥さんが福井市出身で「いつか竜王戦を福井でできたらね」なんてご夫婦で話をされていたそうで私の公募用紙を見つけ、「この件、私が担当します」と名乗り出て頂いたそうです。
そこから私とTさんの二人三脚が始まります。
まずはZOOMを始めとしたウェブミーティングを重ね開催が本当に難しいのか、何とかして開催する方法はないのか議論を重ねました。
そこで初めて知ったのですが普通応募してくるのは自治体や公益社団法人と言った団体で、私のように一企業の個人(当時は営業課長)が応募してくるのは極めて稀なことだと。
知らないって怖いと思いました。と同時に知らないからできたことでもあるわけで。今となっては結果オーライですね。
社長の心意気と広がる輪
誘致するにあたって障壁となりそうなものはすぐに解消できました。
例えば開催地事務局の設置ですが、弊社社長があわら市観光協会の会長の職をお預かりしていることもあり、実働は私がするとして依頼すれば事務局のプラットフォームだけは整えてくれそう。
勝負めしは旅館ですから出せますし、勝負スイーツやドリンクは1階の甘味処茶楽かぐやから調達すればいい。
大盤解説会も美松の宴会場を使えばよい。
あとは対局場だけ。
するとTさんから「一度現地調査に行きます」とのお声がけを頂きました。
一気に前に進んだ気がして嬉しくなり社長に「竜王戦を美松でやりませんか?」と伝えると、「まぁやってみたら」という返事。
多分本当に来るとは思っていなかったのでしょう。
そんなこんなで時が経ち2022年にはTさん含む2名が来館し美松の館内見学を実施。
本当に来たものですから社長も前のめりです。
するとTさんから思いがけないことを投げかけられます。
Tさんここなら対局場として運用できます
それは名前も数字の羅列でしかない30畳ほどの古い宴会場でした。
私え?ここですか??
Tさんはい。ここなら対局に必要な条件を満たしています
実は対局場になるためには縦横の広さや電気の明るさ等が事細かに決められていて、それを満たしたのがこの部屋でした。
※公募用紙は誰でもダウンロードできるので是非見てみてください。
Tさんただ1つ条件が
私何でしょう?
Tさん空調が古くて音がします。対局中は静寂が求められるため、そこを直していただければ
やるやる。それくらいやるさ。稟議は通してみせる任せとけ。そんな風に思っていた時に
社長わかりました。対局場として相応しいものになる様に部屋ごと作り直します
社長と書いて「おとこ(漢)」と読むのでしょう。
弊社社長がきっぷのよい発言をするもんですから、話は一気にブーストがかかり前に進んでいきます。
実際に対局地というのは例年5月から6月の読売新聞紙面にて発表されるため、いかに良い話が進んでいても決定するかはそこまで分かりません。
仮に6月に発表されたとして10月に本番ですから4ヵ月で設計施工、日本将棋連盟様の内検などを済ませねばならず、たった1部屋とはいえギリギリになるでしょうし、工事期間中にお盆や夏休みのかき入れ時が含まれることは確定で売り上げにも影響が出るでしょう。
そんなことは分かっていたはずですが。。。まじかよ社長。老後は私に任せろ。そんな気持ちでいたのもつかの間。話はどんどんと大事になっていきます。
社長が「やるからには大義名分がいる。新幹線延伸の記念事業にしよう!」と言いだしたからです。
くしくも誘致を行っていく中で2022年はもちろん、段取りの都合上2023年も難しく、照準を2024年に絞ったところ、こちらはたまたま工期の延長で一年延伸が遅れた北陸新幹線の延伸と被ることになり、これ幸いと大義名分ができたのはいいですが、そんなに風呂敷を広げて大丈夫かと。
あわら市がそれを望んでいるのかと。あわら市観光振興課の課長補佐でAさんに相談したところ次のような回答でした。
Aさんおもしろい。やりましょうよ
軽い。軽すぎる。令和のフッ軽男Aさん(いい意味で)
県にも話を持って行きました。新幹線延伸の記念事業ですから、新幹線開業課(当時)、福井県観光連盟、読売新聞のTさんなどを集め、話をする場を設けます。
私あの~。竜王戦をあわらでやりたくて~。
県も協力して欲しくてぇ~。
なんか~サイバーエージェントの藤田さんと知事で対談とかできたら良くないっすかぁ?
コロナ渦中、箸にも棒にも掛からなかった営業で培った軽快なトーク。
みなさんおもしろいですね。前向きに検討します
まじか。いけたよ。
※結果的に藤田さんと知事の対談は叶いませんでしたが、一乗谷朝倉氏遺跡博物館にて羽生将棋連盟会長(当時)と知事の鼎談が執り行われました。
ここにも話を通さないといけません。福井県将棋連盟。
私将棋界最高峰のタイトル戦である竜王戦を是非あわらで行いたいのでご支援頂けませんか?
経験は人を育てます。このころには無敵に感じ始めた32歳。
福井県将棋連盟さん是非お願いします!
やはり。
「会ってみたい棋士の方とか呼んじゃいましょうか?」
「いいですね~」
そんな浮ついた会話を「そういったものはこちらでハンドリングしますので」とTさんがピシャリ。
経験は人を育てませんでした。
何とか自治体や県、地元団体を巻き込むことに成功した私ども。
ここからは既定路線として時間はかかるものの1つの大きな目標に向かって一気に進んでいくこととなります。
ですがここまで話が大きくなると私一人の手には負えなくなり、関わる皆さんのおかげでどんどんと歯車が大きくなり急加速していく様はある意味では他人事のようで圧巻でしたが同時にいい経験でした。


最後に
ここから先の「〜竜が美松を翔るまで〜」は私個人というより周りの皆さんが動いてくれた話ばかりなので一度区切りを入れたいと思います。
なんて中途半端なと思うかもしれませんが、自分自身「私がやりました!」と心から言えるのはここまで。
ここから先ももちろんやりましたし、いろんな決断もしましたけれど傍目に見て私よりこの対局のために動いてくれている人達をまじまじと見ていたので。
次回書くことがあればそんな動いてくれた仲間たちの話をメインに書き進めたいと思います。
長文駄文でしたが拝読頂きありがとうございました。
取締役 営業統括部長 前田 健吾
▲2025年「第38期竜王戦七番勝負」の第2局 あわら対局
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